髪の「電力不足」を救え

――クレアチンは、毛包のハイオク燃料になれるか?

「筋トレをするとハゲる」「クレアチンを飲むと毛が抜ける」……。フィットネスジムの片隅で囁かれるこの噂は、長年、トレーニーたちを震え上がらせてきました。しかし、細胞生物学のレンズで覗いてみると、そこには全く逆の、エネルギッシュな真実が隠されています。

毛母細胞は「不夜城の突貫工事」

私たちの頭皮の下では、毛母細胞という名の作業員たちが、12時間から24時間という殺人的なシフトで分裂を繰り返しています。これは骨髄や小腸の細胞に匹敵する、生体内でもトップクラスの過酷な現場です。当然、そこでは「ATP(アデノシン三リン酸)」という名の通貨が、湯水のように消費されます。

ここで登場するのがクレアチンです。彼は、消費されたATPを瞬時にリサイクルする「高効率な発電機(クレアチン・キナーゼ回路)」として機能します。現場の資金(エネルギー)が潤沢になれば、工事(発毛)は滞ることなく進みます。つまり、クレアチンは毛包にとっての「ハイオク燃料」なのです。

「命令」だけではエンジンは回らない

発毛界の絶対王者、ミノキシジル。彼は毛根に対して「休んでる暇はない、今すぐ髪を作れ!」とアクセルを床まで踏み込ませる司令塔です。しかし、どれほど優秀な司令官がいても、現場に電力がなければ作業員は動けません。

クレアチンの役割は、この「電力インフラ」の整備です。ミノキシジルのような爆発的な発毛命令は持っていませんが、命令が下ったときにエンジンを焼き付かせず、フルパワーで回転させるための「余裕」を生み出します。アクセル全開のミノキシジルと、高効率な燃料供給のクレアチン。この二者が揃ったとき、毛包のポテンシャルは最大化されるのです。

サバイバルモードを生き抜く戦略

興味深いことに、毛包の幹細胞は「乳酸」や「適度なストレス」という、ある種のサバイバル信号をきっかけに目を覚まします。「そろそろ本気を出さないとマズい」と細胞が判断したとき、そこに豊かなエネルギー供給(クレアチン)があれば、新しく生まれる髪はより太く、より強く育つでしょう。

結論:賢い選択

「クレアチンでハゲる」という古い亡霊を恐れる必要はありません。むしろ、激しいトレーニングやストレスでエネルギーを消耗している現代人にとって、クレアチンによるATPのバックアップは、髪を守るための「知的なディフェンス」であり、成長を支える「確かなアクセル」になり得るのです。

あなたの毛包という名の工場に、十分な電力を。髪の未来は、その一滴のエネルギーにかかっているのかもしれません。

 

投稿者プロフィール

井上 浩一
井上 浩一アスク井上クリニック 院長
経歴
1988年 熊本大学医学部卒業
熊本大学医学部付属病院 勤務
1989年 某大手美容整形外科クリニック 本院勤務
1998年 都内美容外科クリニック 院長就任
2002年 米国での自毛植毛研修を経て、植毛クリニック開院
2006年 某大手植毛クリニック 院長就任
2014年 アスク井上クリニック 開院