女性ホルモンによる発毛治療は効果ありますか?

A:結論から申し上げますと、生物学的な発毛効果は非常に高いですが、「副作用のリスクが発毛のメリットを上回る」ため、一般的な治療法としては推奨されません。

その理由を理解するためには、エストロゲンというホルモンが持つ「生存よりも生殖を優先する」という戦略を知る必要があります。

■エストロゲンの本質:全方向で生殖に向いている

エストロゲンは、単に「女性らしくする」ためのものではありません。その本質は、個体の生存資源を**「次世代への継承(生殖と育児)」**に全振りする戦略にあります。自己を強化するテストステロンに対し、エストロゲンは「非自己(胎児)」を受け入れ、育てるための環境作りを全方位で実行します。

 1、 エストロゲン受容体とアロマターゼの配置

エストロゲンは、場所によって異なる受容体を使い分け、多角的な任務を遂行します。

因子

主な所在

主な機能・役割

ERα

子宮、乳腺、肝臓

生殖機能の維持、細胞増殖の促進、代謝調節

ERβ

卵巣、前立腺、大腸

増殖の抑制、分化の調節(ブレーキ役)

GPER

血管、心臓、膵臓

迅速な細胞応答、心血管系の保護

アロマターゼ

脂肪、脳、骨、毛包

テストステロンをエストロゲンへ変換(局所合成)

  1. エストロゲンが髪を育てるメカニズム

エストロゲンは毛包において、ミノキシジルとは異なるルートから強力な育毛シグナルを送ります。

  • 増殖と生存のスイッチ: ミノキシジルと同様に「Wnt/β-カテニン経路(増殖)」や「Akt経路(抗アポトーシス)」を活性化させますが、エストロゲンは受容体(ERα/GPER)を介してより直接的に作用します。
  • 男性ホルモン(DHT)の攻撃を無効化:
    1. 共役因子の奪い合い: エストロゲン受容体(ER)が活発になると、遺伝子転写に必要な「助っ人(コアクティベーター)」を独占します。その結果、男性ホルモン受容体(AR)が働けなくなり、DHTの攻撃力が削がれます。
    2. GSK-3βの封じ込め: GPER等を介してAkt経路を走らせ、β-カテニンを分解する酵素「GSK-3β」を眠らせます。これにより、DHTによる攻撃下でも発毛シグナルが維持されます。
  1. なぜ「発毛治療」として普及しないのか(リスクの検討)

エストロゲンにとって、皮膚や毛髪の優先順位は「生殖」に比べれば高くありません。そのため、毛髪に効果が出るほどの量を投与すると、より優先度の高い部位で深刻な副作用が生じます。

  • 男性への投与: 乳房の女性化、性機能不全、筋力低下など、心身の「脱男性化」が顕著に現れるため、AGA治療には適しません。
  • 女性への投与と深刻なリスク:
    1. 血栓症(VTE)のリスク: エストロゲンは肝臓に作用し、凝固因子を増やします。これは出産時の出血に備えるための生物学的適応ですが、治療として投与すると血管内で血栓を作る致命的なリスクとなります。
    2. ガンの脆弱性と免疫抑制: 胎児という「非自己」を排除しないための免疫抑制システムは、皮肉にもガン細胞の監視網をすり抜けさせ、増殖を助けてしまう可能性を孕んでいます。

 

 

ついでにもう一つの女性ホルモン プロゲステロンそのほかについてみてみましょう

 

■プロゲステロンもまた「全方向で生殖に向いている」

ただし、そのベクトルが「出会いのための最適化(エストロゲン)」か、「育成のための安定化(プロゲステロン)」か、という役割分担になっているといえます。

例えば月経をみても

エストロゲンは排卵直前の卵子の最後の減数分裂を熱から保護するための低温保管庫を準備する。プロゲステロンは受精卵ため血流豊富なベッドを用意して爆発的細胞分裂を促進するために、やや高温のインキュベーターをつくる

基礎体温が二相性になってないと、これらのホルモンが適切に分泌されてない可能性があります。

 

性ホルモン生成の相関関係

コレステロール → プレグネノロン

                                                        ↓

                 DHEA  ← プロゲステロン

     ↓

        テストステロン

     ↓

        エストロゲン

①コレステロール生成阻害薬(HMG-CoA還元酵素阻害薬)スタチン

スタチンは「ホルモンを作る工場」の部品供給( mevalonate 経路)を一部阻害しているのは事実です。しかし、人体には「外から材料を調達する」および「脳からの司令で生産ラインを調整する」というバックアップ機能があるため、結果としてコルチゾールや性ホルモンの全体量が枯渇することはない、と言えます。

 

②「プレグネノロン・スティール(強奪)」: 強いストレス下では、体は生存を優先してプレグネノロンを「コルチゾール(ストレスホルモン)」の生成に回してしまいます。その結果、DHEAや性ホルモンの生成が後回しになり、性欲減退や更年期症状の悪化を招くことがあります。

③バランスの依存: エストロゲンとプロゲステロンは互いに拮抗(バランス調整)し合う関係にあり、一方の過剰や不足はもう一方の働きに影響を与えます

 

前駆体補充療法

①DHEAの内服

DHEAは内服することで、性ホルモンの原料として明確に機能します。

  • 変換効率: 経口摂取されたDHEAは肝臓で代謝され、体内でテストステロンやエストロゲンへと変換されます。
  • 効果の現れ方: 特に更年期以降の女性において、血中のテストステロン値やエストロゲン値を上昇させることが多くの研究で示されています。男性でも数値の上昇が確認されることがありますが、女性ほど顕著ではない場合もあります。
  • 用途: 不妊治療における卵胞の発育促進や、更年期症状の緩和などを目的として医療機関で処方されることがあります。
  • 前駆体(DHEA)自体の「直接的な作用」
    DHEAは単なる「材料」に留まらず、それ自体が「ニューロステロイド(脳で働くステロイド)」などとして、全身で独自の仕事をこなしています。
    脳・メンタルへの作用
    DHEAは脳内の受容体に直接結合し、以下のような効果をもたらすことが示唆されています。
    •抗うつ・抗不安作用: 神経伝達物質(GABAやグルタミン酸など)の働きを調整し、気分を前向きにする。
    •認知機能のサポート: 記憶力や集中力の維持に関与する。
    免疫・代謝への作用
    •免疫の調整: 炎症を引き起こす物質(サイトカイン)を抑え、免疫バランスを整える。
    •インスリン感受性の向上: 血糖値のコントロールを助け、代謝をスムーズにする。
    •骨密度の維持: 性ホルモンに変わる前段階でも、骨の代謝に直接関わっていると考えられています。
     

② プレグネノロンの内服

プレグネノロンの内服は、性ホルモンの数値を高める効果については限定的(または不明確)です。

  • 変換の不確実性: 理論上はすべてのステロイドホルモンの原料(マザーホルモン)ですが、経口摂取した場合、その多くは性ホルモンに変わる前に他の代謝経路(プロゲステロンなど)へ流れたり、そのまま排泄されたりしやすいため、血中のテストステロンやエストロゲンを劇的に増やすという確実な証拠は乏しいのが現状です。
  • 主な注目点: 現在は性ホルモンの増量よりも、脳内で働く「ニューロステロイド(脳内ホルモン)」としての、記憶力維持や気分の安定、抗ストレス効果などの側面で注目・利用されています
ホルモン補充療法VS前駆体補充療法
 
① 前駆体(DHEAなど)はリスクが低い?
最大の理由は、「体の自己調節機能(フィードバック機構)」を尊重できるからです。
自律的な変換プロセス
直接ホルモンを補充するのは、いわば「完成品」を外部から大量に搬入するようなものです。対して前駆体の補充は、工場に「原材料」を届けることに似ています。
•過剰投与のリスク軽減: 体は必要な分だけを前駆体から各ホルモン(エストロゲンやテストステロン)に変換しようとします。そのため、血中濃度が急激に跳ね上がるスパイクが起きにくく、副作用をコントロールしやすいのです。
•自前の製造ラインを止めない: 外部から完成品が入ってくると、脳は「もう十分ある」と判断し、自分の体でホルモンを作るスイッチを切ってしまいます(性腺軸の抑制)。前駆体の場合は、この「製造停止命令」が出にくいとされています。
 
② 知っておくべき「注意点」
リスクが低いとはいえ、「ゼロ」ではないのが医学の難しいところです。
•変換先のコントロールができない: 材料を渡した後、体がそれを「筋肉を作るテストステロン」にするか、「脂肪を溜めやすくするエストロゲン」にするかは、その人の体質や酵素のバランス次第です。意図しない方向に変換される(例:女性でヒゲが濃くなる、男性で胸が膨らむ等)可能性は否定できません。
•ホルモン依存性疾患への影響: 前立腺がんや乳がんなど、ホルモンによって増殖する病気がある場合は、前駆体であっても慎重な判断が必要です。

 

特徴

直接補充(HRTなど)

前駆体補充(DHEAなど)

効果の発現

早くて強力

緩やかでマイルド

安全性

厳密な医師の管理が必要

比較的リスクは低いが個人差あり

体の機能

自前の製造が止まりやすい

自前の調整機能を活かせる

主な目的

欠乏症の治療

未病、活力向上、エイジングケア

 

 

投稿者プロフィール

井上 浩一
井上 浩一アスク井上クリニック 院長
経歴
1988年 熊本大学医学部卒業
熊本大学医学部付属病院 勤務
1989年 某大手美容整形外科クリニック 本院勤務
1998年 都内美容外科クリニック 院長就任
2002年 米国での自毛植毛研修を経て、植毛クリニック開院
2006年 某大手植毛クリニック 院長就任
2014年 アスク井上クリニック 開院