身体のリソース経営学 ── なぜ髪は「長すぎ」るのか

1. 身体という組織の二つの顔

私たちの身体を一つの経営組織と捉えると、組織内には二つの異なる部門が存在します。一つは生命維持に不可欠な「インフラ部門(皮膚など)」、もう一つは生存に直接関わらない「装飾・広報部門(髪など)」です。

インフラ部門である皮膚は、一刻も休ませられない最優先事項です。そのため、莫大なエネルギーを投じて約28日周期で常に新品へと取り替える「使い捨て戦略」をとっています。皮膚は贅沢品ではないため、この高コストな維持は必要経費として正当化されます。

2. 髪が選んだ「究極の節約術」

一方で、贅沢品である髪に皮膚と同じような頻繁な更新をさせれば、身体のリソースはすぐに底をついてしまいます。毛髪を一から作り直す(再構築する)プロセスは、毛包という工場をゼロから立ち上げるようなもので、膨大な初期投資が必要だからです。

ここで髪がとった戦略が「耐久財戦略」です。一度作ったものを、毛母細胞の分裂限界がくるまで数年にわたって使い倒す。髪が不自然なほど長く伸び続けるのは、次の「生え変わり」という高額な再生コストを可能な限り先延ばしにするための、身体による徹底したエコ戦術の結果なのです。

3. 男性に見る「リソース配分の二極化」

このリソース管理のあり方は、特に男性において面白い個体差を見せます。ここには二つの生存戦略が存在していると考えられます。

  • 戦闘タイプ: 髪の維持という「装飾コスト」を徹底的に削ぎ落とし、そのリソースを戦うためのパワーや瞬発力へ全振りする戦略。

  • 生殖タイプ: 髪を長く健やかに保つことで、それを「リソースの余剰(飾りを維持できる余裕)」の象徴として誇示し、生殖の機会を得る戦略。

どちらのタイプが生き残れるかは環境に左右されるため、現代でもこの二つのスイッチ(男性ホルモンへの応答性)は共存し続けています。

4. 女性を守る「エストロゲン」の防壁

女性の場合、髪は健康と生殖能力を示す決定的なシグナルであるため、男性のような極端な「戦闘タイプ」の配置は取られません。さらに、エストロゲンという強力な防護壁が、この「贅沢品」を男性ホルモンの影響から守り続けています。

女性において男性ホルモンが原因の脱毛症が顕在化するのは、更年期などでこのシールドが弱まったときです。それまで隠されていた「リソースを節約し、髪を捨てる」というメカニズムが、初めて表面化するのです。

結びに代えて

「男性型脱毛症」という呼び名は、この壮大なリソース管理の仕組みの、ほんの一側面を切り取ったものに過ぎません。髪が伸びること、そして抜けること。その背後には、人類が環境を生き抜くために磨き上げた、緻密なリソース配分の歴史が隠されているのです。

 

注意;すべて私の仮説ですので、あくまでこのような見方があるとして読んでください。

投稿者プロフィール

井上 浩一
井上 浩一アスク井上クリニック 院長
経歴
1988年 熊本大学医学部卒業
熊本大学医学部付属病院 勤務
1989年 某大手美容整形外科クリニック 本院勤務
1998年 都内美容外科クリニック 院長就任
2002年 米国での自毛植毛研修を経て、植毛クリニック開院
2006年 某大手植毛クリニック 院長就任
2014年 アスク井上クリニック 開院